常盤貴子さんが伝統的な手しごとの魅力に触れる

「京都画報」常盤貴子さんが伝統的な手しごとの魅力に触れる 紀行

 京都は手しごとの街として知られており、現在でも伝統的な手しごとの工房が残り、職人が伝統を受け継いでいます。今回、常盤貴子さんが探訪するのは京漆器です。漆器というと、豪華絢爛な蒔絵が施された作品がイメージされますが、今回は違った特徴を持つ手しごとの魅力に触れる機会が訪れます。

手しごとの匠

「京都画報」手しごとの匠

 最初に常盤貴子さんが訪れたのは、2003年に木工芸の分野で人間国宝に認定された村山明さんの工房です。木工品に漆を塗る方法として、拭き漆と色漆という手法があります。色漆とは、色のついた漆を塗り重ねる手法で美しい漆製品ができあがります。これに対して、村山明さんは拭き漆の手法を行っているのが特徴です。木工品の木目を生かせる手法であり、漆を塗り重ねても、いかに木目を出せるかがポイントとなります。木工品を長く使い続けるために、漆を用いるのが拭き漆です。木工品に漆を塗っては拭き取るという作業を繰り返します。漆に透明感が出て、木目を楽しむことができるとともに、何層にも塗り重ねた漆により木を保護し、長い使用に耐える耐久性を高めることが可能です。漆を塗っては研いでを、14、15回から20回繰り返す、手間のかかる作業です。漆は幾重にも塗り重ねられますが、99%以上は拭き取られているため、透明感が出て、木目を透けて見せることができます。0.1%でも漆が残ると、傷になってしまうため、繊細で細やかな作業が求められます。

「京都画報」人間国宝に認定された村山明さんと常盤さん

 拭き漆の手法を日本の工芸に最初に採り入れたのは、村山明さんの師匠でもある、人間国宝にも認定された黒田辰秋です。京都祇園に育ち、生活道具の中に美を見出す民芸運動に傾倒した作家として知られています。村山明さんは、黒田辰秋の息子が偶然にも、大学の先輩であったことがキッカケで、黒田の仕事に見せられ、この世界へと入りました。村山明さんの作品は、緻密な計算の中に遊び心を潜ませた木工作品が多く見られます。80歳に迫る、これからの目標としては、作品というより、気軽に手にしてもらえるものを、初心にかえって作りたいとのことです。50年にわたり、木と真摯に向き合ってきた村山明さんだからこその作品の美しさに、心を奪われたひと時でした。

新たなページをつなぐ若手作家

「京都画報」新たなページをつなぐ若手作家

 続いて、常盤貴子さんは、現代のライフスタイルに合った作品づくりで拭き漆の魅力を伝えようとしている、若手女流作家の安成晶さんを訪ねました。ホシカゲワークスというブランドを起ち上げ、拭き漆の技法を用いたアクセサリーづくりをしています。木工品なのでとても軽く、一見色が塗られているように見えますが、透かすと木目を見ることが可能です。何十回にわたって拭き漆をすることで、宝石のような見た目のものやグラデーションが美しいさまざまなデザインの拭き漆アクセサリーを作り上げています。鮮やかな色、複雑な曲線を組み合わせた形状のアクセサリーは、作品に温もりと生命感を与えているのが魅力です。設計図などはなく、フリーハンドで自然な形を彫り出し、拭き漆を塗り重ねていくので、作品が仕上がるのに長い時間がかかります。大きいサイズのアクセサリーになると、半年もの時間がかけられています。

「京都画報」若手女流作家の安成晶さん

 漆の美しさを伝えたいと、アクセサリーづくりに没頭している、こだわりのある若手作家です。漆の虜になったキッカケは、正倉院の宝物を見たことです。漆を身近に感じてもらうために、食器や家具などではなく、アクセサリーづくりを選びました。我流、独学による瑞々しい感性のもと、新たな漆の世界を切り開いていくことが期待されます。

異国情緒あふれる名刹

「京都画報」異国情緒あふれる名刹

 続いて、常盤貴子さんは京友禅の付け下げで、中国情緒を楽しめる宇治市にある名刹、黄檗山萬福寺を訪れました。初詣としてぜひお参りしたい仏像が、弥勒菩薩座像です。布袋尊のような風貌で、夫婦円満、福徳付与などのご利益があります。京都に伝わる、都七福神参りの1つに数えられています。萬福寺を創建した中国の僧、隠元は、隠元豆、レンコン、煎茶などを日本に伝えたとされる人物です。隠元がもたらした食文化として、萬福寺で楽しめる普茶料理があります。

「京都画報」名刹、黄檗山萬福寺の普茶料理

 精進料理の一つですが、一般的な精進料理とは少し異なる特徴があります。それはカラフルさであり、見た目も楽しめるのが普茶料理の特徴です。中国からもたらされたもので、青・赤・黄・白・黒・茶の6つの色を用い、法要を終えた後に4人1卓で料理を囲み、銘々の箸でとりわけながら、楽しく食事をするのがルーツです。初めて会った人たちが、普茶料理を通じて親しくなり、楽しい時間を過ごせるようにという思いが込められています。甘くした梅干の天ぷらなど、見た目だけでなく、食べても楽しく、会話が弾むような工夫が凝らされています。修行の中でも食の楽しみを大切にした隠元の、懐の深さを感じられる料理です。

お気に入りのジャズ喫茶

「京都画報」お気に入りのジャズ喫茶jazz spot YAMATOYA

 jazz spot YAMATOYAは、1970年創業のジャズ喫茶です。ドアを開けるとジャズが流れてきます。
歴史が古く、5,000枚を超えるジャズのレコードのコレクションがあり、全国のジャズファンをもうならせる伝説のジャズ喫茶です。かつてはジャズのライブなども開催され、一流のプレイヤーにも愛された名店です。常盤貴子さんは20年以上前に訪れたのがキッカケで、素敵な空気感に魅かれ、心躍らせながら、1杯の珈琲を大切に飲んだ思い出があります。珈琲は、京都の作家が製作した漆塗りのトレーに乗せて運ばれてきます。音楽に耳を傾けながら、リズムを体内に入れたまま街に出る、そんな特別な時間が楽しめる喫茶店です。

使ってこそ真価が出る漆食器づくり

「京都画報」使ってこそ真価が出る漆食器づくり

 jazz spot YAMATOYAで使われている漆塗りのトレーを製作しているのが、京都の山里、左京区花背に工房を構える川勝五大さんです。自然豊かな場所で、20年前から製作を行っています。桐を削って器を作り出し、漆を塗ることで、軽くて温度が保てる器を作り出すことが可能です。温かいものは温かく、冷たいものは冷たさを保つことができ、長く愛用できる耐久性も魅力です。川勝五大さんが作り出す食器は、京都の飲食店や家庭でも親しまれています。川勝五大さんのように削るところから最後の仕上げまで行っている作家は、実はあまりいません。

「京都画報」漆塗りのトレーを製作している川勝五大さんと常盤さん

 器づくりで最も大切となる塗りの工程は、大きく3つに分けられます。桐は軽いため、強度を高め、独特の風合いを出すために、木地に薄い布を貼る作業が必要です。続いて、色の付いていない生漆を6回ほど塗り重ねることで、耐水性を高め、普段使いに耐えられる状態にします。最後の工程は、色の付いた漆を塗る本塗りです。黒の地には赤い漆を、赤い地には黒の漆を塗るといった、下地とは異なる色の漆を塗ることがポイントとなります。この独特の手法を編み出したのは、父である川勝英十津さんです。父親の手法を学びながらも、五大さん独特の技法を生み出し、新たな作品づくりをしています。川勝五大さんの器は、作品として楽しむだけでなく、使ってこそ真価がわかるものです。川勝五大さん製作の器で、父親お手製のうどんをいただきました。あらゆるものを認めたうえで、自分しか出せないオリジナルを生み出してほしいというのが父の願いです。

「京都・手しごとの逸品 −一生モノの漆工芸」まとめ

 今回の旅では、京都の漆工芸の作家さんを訪ねました。手しごとゆえの温かみを感じるとともに、漆と木という共通した素材を使っているのにまったく印象が異なるのが驚きです。表現の幅の広さが漆と手しごとの魅力だと感じられる旅になりました。

京都画報 第28回「京都・手しごとの逸品 −一生モノの漆工芸」はBS11+で配信中

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